2007年07月26日

7月24日(火) 銃口のまとめ会・コッパロフさんのこと

 昼夜とも7月例会『銃口』の例会運営サークルのまとめ会。今回は例会後に送られてくる感想文がいつもより多く、感想文集も全16ページになった。お昼には7月運営サークルで感想を話す時間をつくったが、7人の出席者のうち6人が、現職と退職した先生たち。今回の作品が「教育」の意味について語られた内容だからということと、ちょうど夏休みに入って休暇が取りやすい(夏休みでも基本的に先生は出勤)ことがあったからだろうか。
 その後の感想文作りにおいても、さすがに日常的に輪転機の印刷は慣れた方が多く、スムーズに作業が進んだ。
 夜は7月例会のまとめ会と平行して、10月例会『ドン・キホーテ』の運営委員打ち合わせ。来月5日の第1回会議の内容や進め方について話し合う。 2000年、2003年に例会になったモスクワ・ユーゴザパド劇場の俳優である、ウラジーミル・コッパレフさんが亡くなったという知らせがあった。まだ48歳という若さである。
 。2000年9月に『検察官』が例会になったが、その時はドプチンスキーという町の地主役を演じているコッパロフさんは最初の出会いから印象深い方だった。(すぐ名前を覚えたのです)。
 『検察官』のときは、会場の休館日をはさんでいたので、その休養日を使って、ユーゴザパドの俳優さんたちを「名古屋能楽堂」と「名古屋城」を案内するということになり、劇団にお誘いしたところ、なんと全俳優とスタッフさんの参加をいただいた。「能楽堂」では職員の方から、能についての説明をいただき、能舞台や資料館を見学ののち、会員の方で能をされている方からの仕舞の上演があった。
 劇団の方は皆フレンドリーだったが、やはり「言葉の壁」があり、(通訳の方が1人ついていただき、名演の運営サークルからのお一人お願いした)ちょっと話をするのみ緊張するところもあった。そんな緊張を飛ばしてくれたのが、コッパロフさん。オーバーなジェスチャーで周りを和ませてくれる。
名古屋城の中に入ると、入口の辺りで掃除をしていた職員さんから、モップを借りて、掃除のパフォーマンスをして周りのお客さんからも拍手をもらう。そんなこともあり、同行した名演の運営サークルの面々も、言葉の壁を超えて、身振り手振りでの「会話」が弾みはじめた。
 この『検察官』の例会の1週間前は「東海豪雨」があった直後、被災した人が身近にいたこともあり、少々落ち込み気味だった私は、コッパロフさんをはじめとする、劇団員のもっている、陽気で温かい「空気」を感じて、少し元気になったことを覚えている。(正直そのあと、ビールを飲んだ交流会もしたかったが)
 公演が終わった後、バスで移動する劇団を劇場前でお見送りをしたときは、数人がまだバスに乗っていないので出発が遅れたのだが、ビールの袋を持って走ってくるコッパロフさんたちの姿を見つけ、出発したのだった。
 それから3年後、『夏の夜の夢』で再び彼らと再会する。終演後会場近くの店での交流会では、店の方には特別にウオッカを用意していただき、ベリャコーヴィチ氏をはじめとする5人の俳優さんが参加。はじめは言葉が通じず、おそるおそる話?が始まったが、職人ハナヅラー役のコッパロフさんの挨拶で場が盛り上がり、アルコールの力も借りてか、あちこちで「話」がはずみ出す。そしてロシア民謡が突如としてはじまる、日本では暗いイメージの歌なのだが。彼らが歌うと明るい、会場が一挙に盛り上がり、大合唱と踊りの盛り上がった交流会になった。コッパロフさんは周りの方にどんどんお酒をすすめながら「乾杯!」の音頭を取り場の中心に。コッパロフさんの存在が今回も大きかった。
 
 大柄でありながらそんなに身長が高くない体格のコッパロフさんは、芝居の中でも大きな存在だった。私は見ていないのだが『巨匠とマルガリータ』の演技などが見た人の間では語られる。これからの活躍がまだまだ期待されたのに本当に残念。ご冥福を祈りたい。
 
posted by 管理人 at 19:41| 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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