会議は、各々の自己紹介からはじまって、運営のスケジュールや目標などを決定した。別稿で紹介するが、出演の伊藤孝雄さんをお招きしてお話しを聞くことになった。
夜は同じく木曜に続き、七ツ寺共同スタジオへ。今回の燐光群公演は、沢野ひとしさんをモデルとした主人公を子供の頃から現在まで、スピーディーでテンポよく進んでいく。舞台でしかできない表現を使い、一人の男を描いていた。
「名古屋シネマテーク通信」7月号に、七ツ寺共同スタジオの二村さんの文章で、昨年亡くなった名演の初代代表の水野鉄男さんの追悼文が掲載されている。七ツ寺共同スタジオの設立の際に保証人になり、新劇のみならず新しい演劇の動きにも理解と興味をもっていた水野さん。かつてこのスタジオで燐光群の『天皇と接吻』をみて、興奮されていろいろ話したことを思い出す。
1972年に名古屋に3つの演劇会場ができ、それぞれ、その後の名古屋の演劇にとって大きな意味を持つことになる。一つは名古屋市民会館(現・中京大学文化市民会館)、一つは名演小劇場、そして七ツ寺共同スタジオ。水野さんは、名古屋市民会館建設期成同盟の一員として活動、名演小劇場設立に動くと共に、七ツ寺では保証人を引き受けるなど、この3つの会場の設立に関わっていたことになる。
演劇の鑑賞者として厳しい目と暖かい目で創造者を見てきた水野さんのやろうとしていたことを、いま改めて学びなおさなければ。

