その時の様子は、こちらに掲載したので、ご覧下さい。
里村さんは、かつては「世仁下乃一座」という劇団の中心俳優として活躍されました。
名演では1987年に『太平洋ベルトライン』(名演小劇場で上演)で、出会っています。その時の印象は相当強かったらしく、今でも印象に残った作品として、会話の中に出てきます。その当時はちょうど80年代演劇が盛んな頃でした。「世仁下乃一座」も東京の小劇場で人気を呼んだ劇団です。その時代にいわゆる「小劇場」系の劇団が、演鑑に登場するということは、現在のような、新劇・小劇場・商業演劇の壁がほとんどない時代に比べると、まだまだ壁があった時代ですから、今まで出会ったことのない観客と、里村さんは出会ったわけです。
今回のお話の中で、初めての名古屋演鑑のお客さんとの出会いの中で、里村さんは、ある会では、お客さんの反応が悪いというか、ちょっと醒めた感じだったそうで、終演後に事務所まで直接里村さんは来て、「今日のお客はなんなんだ」と話をされたとのこと。今思えば、当時は「小劇場」の俳優が、いわゆる「新劇」のお客さんである鑑賞会に対して、「自分たちの表現」はこうだ!ということを主張しようとしていたから、新しいお客さんと真剣勝負をしたいという意気込みが、終演後の「談判」になったそうです。
そういう出会いがきっかけとなったのか、里村さんの出演する芝居が、鑑賞会のルートで取り上げられるようになったあと、毎年の会議等にも必ずというほど出席されて、芝居について語り合っています。里村さんはその後、劇団解散後はフリーとなって、数々の舞台に出演、そして現在は劇団1980に所属されていますが、ずっとこの間、舞台以外の様々な場でお会いしています。
普段つきあっている集団と違ったものとの出会い、は様々な刺激をあたえてくれますが、この里村さんとの出会いは、本当に幸運な出会いだったと思っています。

